2009/11/05
多謝と多謝。それに次ぐ、多謝。
こんにちは。授業をさぼって未だに自宅でのんびりこっくりと舟を漕いでいます、本年度一橋運動会と池・裏門装飾担当の中野です。もいちど、こんにちはー。
……うーん、それにしても疲れたな。
というところで、まずは、このブログをご覧のみなさまに報告を1つ。
今年も無事、第40回一橋祭が閉幕しました。
来場者の皆様、
参加団体の皆様、
賛助をくださった皆様、
お励みの言葉をくださった皆様、
まことに、まことにありがとうございました。
1年生の僕がでしゃばって誰よりも先にこの場で感謝の念を述べるなんて自分でも奇妙な話だとは思いますが、まぁ、こんなのは言ったもの勝ちですよね。
ともあれ、数えきれなくて数えるのをやめたくなってしまうほどの大勢の人に支えられてこの一橋祭が存続しているのは、確かなことです。その方々を差し置いて僕たちは「やりとげたぞッ!」と自己満足に浸ることはできません。ひとまず、この場にて1年生の僕から感謝の念を述べ申し上げます。
さて。さて。
ここからは個人的な回想になりますが、それにしても、この10日間は楽しかったです。(学園祭当日や片付け日を含めた10日間を、僕は大学の合宿所に泊って過ごしました。)
なにせ、朝起きたら家じゃなくて、もう大学の中にいる。遅刻の心配は一切なしです。そんでもって、毎日毎日きたる一橋祭本番に向けて準備に奔走し、気付いたら朝の1時だなんてよくあったことです。とにかく訪れる日が全て、一橋祭のために費やされました。
そして……、10月31日、本祭が始まりました。
僕とアーリー(僕の相方です)の企画「第27回一橋運動会」は一橋祭のオープニング企画として、例年、初日の一番最初に行われます。スタッフに入って下さった方も選手の皆さんも遅刻なしで定刻に集まって頂き、一度リハーサルを行ってから、本番に臨めました。
本番では3ケタに上る観客の方が兼松講堂前に集まりました。
最初は自分でも驚きましたが、学内生を中心に運動会人気は高いようでした。僕自身は「スタッフ指揮」を担当しましたので、企画中はバタバタとフィールドを走りまわってばかりでロクに競技を見てません。が、観客がわいわい選手もわいわい司会のムートンさんもわいわいやってる姿が視界の端にチラリとでも映る度に、とんでもなく幸せな気持ちになれました。
あぁ、僕はこの、たった2時間の為に、半年も全力で走ってきたのか……。
だけど、まぁ、すごいじゃないか。
上出来だ。最高だな。こんな良いこと、他にはねぇや。
企画が終わった時はそんな思いがふつふつとわき上がってきて、僕の視界を曇らせました。けど、まだ一橋祭は初日。こんなところで涙は見せれません。
それでもなんとかかんとか企画後の片付けを開始しますと、しかし、ここにきて思いもよらないことが。
なんと、選手の方々が僕の所に来て下さって「楽しい時間を有難うございました」って言って下さったんです。
ぐはッて思いましたよ。
やめてくれ、泣いちゃうじゃんか、って思いましたよ。
でも、我慢しました。まだ、だって、片付けが終わってません。
選手の方々が去っていくと、僕はスタッフの方に手伝って頂いて企画の片付けを再開しました。皆さんが頑張って下さった甲斐も有り、12:00には全部片付けを終えました。最後にスタッフのみなさんを集めて感謝の粗品を渡します。
……すると。
「楽しかったです。ありがとう」
と、色んな人に言われてしまいました。
ぐはッて思いました。
もう、もうやめてくれ、これ以上僕を泣かせないでくれって思いましたが止まりません。我慢できず、人知れずに顔を伏せて少しだけ涙を流しました。そうした後で、更にスタッフの方が
「みんなで記念撮影しませんか?」
と、言ってくれました。
KOでした。
観客に楽しんで頂いて、選手に楽しんで頂く。ここまでは、企画を打つ上では当たり前のことなんです。
でも更に、司会に楽しんで頂いて、本来は裏方であるスタッフにも楽しんで頂いて、そして、企画者である自分自身までもが楽しめる――なんて。
企画者冥利に尽きました。
これでこそ最高の企画だよなって、自分でも思いました。
そして、こんな素晴らしい経験と体験と冒険をさせてくれた相方のアーリーと、上司のフェスチーフ陣と、委員会の全ての人と、委員会外の全ての人に、僕はとにかく多謝の念がいっぱいなのです。
なんだい、これ。青春だよなーって、自分でも思います。
でも、ぜんぜん、悪かない。
そんな初めての一橋祭の、僕自身の手記でした。
一橋祭全体のことについては、さすがに全部を書くと半端じゃない量になってしまいますので、またいつか機会があれば。
それでは、それでは。
……うーん、それにしても疲れたな。
というところで、まずは、このブログをご覧のみなさまに報告を1つ。
今年も無事、第40回一橋祭が閉幕しました。
来場者の皆様、
参加団体の皆様、
賛助をくださった皆様、
お励みの言葉をくださった皆様、
まことに、まことにありがとうございました。
1年生の僕がでしゃばって誰よりも先にこの場で感謝の念を述べるなんて自分でも奇妙な話だとは思いますが、まぁ、こんなのは言ったもの勝ちですよね。
ともあれ、数えきれなくて数えるのをやめたくなってしまうほどの大勢の人に支えられてこの一橋祭が存続しているのは、確かなことです。その方々を差し置いて僕たちは「やりとげたぞッ!」と自己満足に浸ることはできません。ひとまず、この場にて1年生の僕から感謝の念を述べ申し上げます。
さて。さて。
ここからは個人的な回想になりますが、それにしても、この10日間は楽しかったです。(学園祭当日や片付け日を含めた10日間を、僕は大学の合宿所に泊って過ごしました。)
なにせ、朝起きたら家じゃなくて、もう大学の中にいる。遅刻の心配は一切なしです。そんでもって、毎日毎日きたる一橋祭本番に向けて準備に奔走し、気付いたら朝の1時だなんてよくあったことです。とにかく訪れる日が全て、一橋祭のために費やされました。
そして……、10月31日、本祭が始まりました。
僕とアーリー(僕の相方です)の企画「第27回一橋運動会」は一橋祭のオープニング企画として、例年、初日の一番最初に行われます。スタッフに入って下さった方も選手の皆さんも遅刻なしで定刻に集まって頂き、一度リハーサルを行ってから、本番に臨めました。
本番では3ケタに上る観客の方が兼松講堂前に集まりました。
最初は自分でも驚きましたが、学内生を中心に運動会人気は高いようでした。僕自身は「スタッフ指揮」を担当しましたので、企画中はバタバタとフィールドを走りまわってばかりでロクに競技を見てません。が、観客がわいわい選手もわいわい司会のムートンさんもわいわいやってる姿が視界の端にチラリとでも映る度に、とんでもなく幸せな気持ちになれました。
あぁ、僕はこの、たった2時間の為に、半年も全力で走ってきたのか……。
だけど、まぁ、すごいじゃないか。
上出来だ。最高だな。こんな良いこと、他にはねぇや。
企画が終わった時はそんな思いがふつふつとわき上がってきて、僕の視界を曇らせました。けど、まだ一橋祭は初日。こんなところで涙は見せれません。
それでもなんとかかんとか企画後の片付けを開始しますと、しかし、ここにきて思いもよらないことが。
なんと、選手の方々が僕の所に来て下さって「楽しい時間を有難うございました」って言って下さったんです。
ぐはッて思いましたよ。
やめてくれ、泣いちゃうじゃんか、って思いましたよ。
でも、我慢しました。まだ、だって、片付けが終わってません。
選手の方々が去っていくと、僕はスタッフの方に手伝って頂いて企画の片付けを再開しました。皆さんが頑張って下さった甲斐も有り、12:00には全部片付けを終えました。最後にスタッフのみなさんを集めて感謝の粗品を渡します。
……すると。
「楽しかったです。ありがとう」
と、色んな人に言われてしまいました。
ぐはッて思いました。
もう、もうやめてくれ、これ以上僕を泣かせないでくれって思いましたが止まりません。我慢できず、人知れずに顔を伏せて少しだけ涙を流しました。そうした後で、更にスタッフの方が
「みんなで記念撮影しませんか?」
と、言ってくれました。
KOでした。
観客に楽しんで頂いて、選手に楽しんで頂く。ここまでは、企画を打つ上では当たり前のことなんです。
でも更に、司会に楽しんで頂いて、本来は裏方であるスタッフにも楽しんで頂いて、そして、企画者である自分自身までもが楽しめる――なんて。
企画者冥利に尽きました。
これでこそ最高の企画だよなって、自分でも思いました。
そして、こんな素晴らしい経験と体験と冒険をさせてくれた相方のアーリーと、上司のフェスチーフ陣と、委員会の全ての人と、委員会外の全ての人に、僕はとにかく多謝の念がいっぱいなのです。
なんだい、これ。青春だよなーって、自分でも思います。
でも、ぜんぜん、悪かない。
そんな初めての一橋祭の、僕自身の手記でした。
一橋祭全体のことについては、さすがに全部を書くと半端じゃない量になってしまいますので、またいつか機会があれば。
それでは、それでは。

















